2021/05/07

久留米商業高で「命を考える」記念講演

我々にいつも喜びと楽しみを、時に迷いや挫折感を味あわせてくれるブリヂストン・カントリークラブを造った石橋正二郎氏の母校、久留米市立久留米商業高等学校124回目の創立記念日で、生徒たちに話をする機会を得ました。本稿はその論旨をまとめたものです。

「命を守り、命をつなぐ」

―中村哲と石橋正二郎のことー

聖マリア病院研究所 藤堂省

 人生100年と言われるように、皆、人としてこの世に生を受けますが、やがて「命」に終わりが来ます。「命」には、「守る命」と「つなぐ命」があります。二人の人生を通して、その意味を考えてみましょう。
九州大学医学部で同級だった中村哲君は、敗戦の翌年、1946年に若松で生まれました。彼の著書「天、共に在り」によれば、祖父玉井金五郎、祖母マン、それに叔父で作家の火野葦平に影響を受けました。火野が侠客として描いた祖父からは、“人がいかないところに赴く”事を、祖母からは“どんな小さな命でも敬うべき”事を教えられ、これらが彼の倫理観の基盤になったと記しています。小学時代に、野山の散策や蝶などの昆虫観察の楽しみを覚え、終生の友になりました。西南学院大学中等部に進み、内村鑑三の「後世への最大遺物」による感化もあり、三年生の時に洗礼を受けました。県立福岡高等学校では一級先輩でしたが、大学は同じ医学の道を選び、研修や実験を共にしました。高校、大学時代を通して山歩きを、また、哲学書、宗教書、倫理学書に親しみ、卒業後は精神科医を目指しました。
彼の人生に一大転機の切っ掛けを作ったのは、福岡登高会ヒマラヤ登山隊ドクターを紹介した一人の級友です。愛する山と幻の蝶に誘われてチリッチミールに行きましたが、住民の期待の添える手腕を備えていない事、貧困で命が失われている事実に彼は衝撃を受けました。帰国後、日本キリスト教海外医療協力会に入り、1984年にハンセン氏病患者の治療のためにペシャワールに赴任しました。奇しくも、私が、肝臓病患者を肝移植で救いたい一心でピッツバーグに留学した年です。
 彼のその後の活躍は、新聞、テレビや彼の著作を通してあまねく人の知るところです。山岳地帯の無医村に診療所を建設し、水不足のために井戸を掘り、飢餓のために小麦粉配布に奔走し、最後には20数キロの水路を開削し、ガンべリ砂漠の無人の荒野を緑地に変えました。今は60万人以上の住民が暮らしています。彼の主張は、“医者よ、信念はいらない。先ず命を救え!”です。一昨年に、彼は凶弾に倒れましたが、人々の「命を守る」ために捧げた一生でした。
皆さんが暮らすこの筑後は、歴史に富み自然豊かな土地です。中でも久留米は、有馬藩の城下町として発展し、多くの逸材を生んできました。真木和泉、井上伝、青木繁や坂本繁二郎などです。また、ゴム産業が盛んな都市としても有名で、その発展の基礎を作ったのが皆さんの先輩、ブリヂストン創業者の石橋正二郎です。彼の名前は熟知していましたが、どのような経歴かを詳しく知らず、自伝と幾冊か本を読みました。竜頭家から叔父緒方安平のよろず仕立て屋の「嶋屋」に行き、その長女と石橋家を継いだ父徳次郎。その次男として生まれた彼は、先駆者倉田雲平の「つちや」に習い、兄重太郎(後に徳次郎)と共に足袋専業「志まや」を開業。従業員の待遇改善や足袋の均一価格、更にはゴム底地下足袋の製造などと矢継ぎ早に改革し足袋業界の雄に育てました。しかも彼は成功に満足することなく、自動車産業の将来性に着目し、多くの失敗と研究を重ね、昭和初期にブリヂストンタイヤ株式会社を設立し、今や世界を席巻するタイヤ製造会社に育て上げました。彼が、時流を読む力と即断即決能力に優れていた証拠です。その起源は、久留米商業高校、17才の時に書いた「商人はいかにして商業道徳を修養すべきか」にあります。「信用は商業において最も大切なものなので、道徳修養が必要である。それにより事業が興り、富が増え、目的を達し、公共を増し、国富を増すことが出来る。財あって初めて美徳も公徳も守ることが出来る」、と。更に、後に「事業は世のため、人のために」と繰り返し述べているように、彼が推進したゴム産業は、この地に様々な関連分野の発展を促し、得られた富の一部は、久留米医大設立や市民プールなどの公共福利を初め、多くの文化事業に費やされました。まさしく彼は、事業を通して世の人々の命をつないだ人です。
外科医の道を選んで50年。これまで一人ひとりの「命」を肝臓移植で助けてきました。しかしその「命」は、脳死などで亡くなった人から贈られた「命」です。移植医療が命をつなぐ「命の贈り物」と呼ばれる所以です。「人生の最終段階おける医療」を終末期医療と言いますが、脳死のようにどんな治療をしても助からないと判断された時に、本人の遺志や家族の尊い決断で、一つの命を救うことが出来ます。皆さんは、もう直に社会に巣立ちますが、手にした運転免許証や保険証の裏を是非読んで考えてみて下さい。
皆さんは、両親の愛情を一杯に受けてこの世に生まれて来ました。世界中で、宇宙でたった一つの「守るべき命」です。どんなことがあっても、大切にして下さい。皆さんのたった一つの命には、5代前に遡ると1,000人以上の祖先の命と思いがこもっています。5代下に下るともっと多くの子孫が貴方たちの「つなぐべき命」につながっています。どんなことがあっても、大切にして下さい。この限りある人生で最も美しく輝かしい青春の真っただ中にある君達。将来の夢を、白いキャンバスにまた高い青空に描いて頑張って下さい。多くの人の「命を守った」中村哲のように、そして、“世のため、人のために”、「命をつないだ」石橋正二郎のように。

最後に;昨年、「一般財団法人久留米・筑後移植医療推進財団」が発足しました。久留米医大や主要な医療機関、医師会などが、地区住民に、様々な医療問題を通して、「命の大切さ」を一緒に考えて貰うためのものです。財団の運営は、会費や寄付などの浄財で行われています。皆さんの暖かいご支援をお願い致します。